どうしてデザインは美しくなければならないのか?

どうしてデザインは美しくなければならないのか? 「美しいからだよ。」 ホントは、これで会話は終わる筈なのに...。 だれもが問いかける問題だけど、このことについて誰にもこの答えを聞いたことがない。 こんなに面白い難問は、誰かに聞く問題じゃない。こういうのは日々の活力。 生きる楽しさだからです。 聞いて答えられる人がいないことも薄々感じていたし、それを感じれば感じるほどボクは悲しさにズタズタになる。 デザインを生業にするものに「どうしてデザインは美しくなければならないのか?」と聞いてみて欲しい。 答えられるかと聞かれると、ほぼすべてのデザイナーはドキッとする筈。 それほど、この問題はデザイナーにとって 難解な問いかけ なのです。 そして、世の中の人の多くは、この難問について考えることを諦めた。 この答えを導き出すことにどれだけの命を費やしてきたのだろう。

毎日の思考実験のなかで、「 美しくなければならないことは ない 」といった答えすら導き出したこともある。

ただ、それでも、デザインを進めていくと、美しいものを求め、生み出そうと必死に足掻く自分を知ることになる。それは自分が一番知っている。 デザインするものが美しくなければならない理由があるということを感情的に理解しているから?とにかく、身体が、脳に信号を送っている。その信号が誤信なのかどうか、それを確かめ続けてきた。 私は、デザインすることは翻訳だと思っている。

ただ、翻訳することは「言葉の置き換え」であるとは思っていない。 最近は、特にその翻訳にカルチャーがあるかないかが、良い翻訳をしたかどうかの判断基準になっている。 カルチャーには、耕してきた軌跡の奇跡が無数に散りばめられている。 この世の全てに存在する時間の連続、つまり幾重にも積み重なった無数の命が存在する。 その命は、愛に裏付けされていることは言うまでもない。 だからこそ、その命を感じれば感じるほど、そこに内在するもの有難さを感じるという幸せなイメージに満たされることになる。 その幸せこそが、美の根源である。そして、そのイメージは絶対的に美しい。 そう思えるからこそ、私はスタート地点で絶対的に美しいものになることが信じられる。

だからこそ、美しくないものが目の前に現れると、歪を感じる。それを私は嘘という。

単純に、この美しさを通して幸せを伝播させたいと思いませんか? 美は平和なものの真実を物語っていると思いませんか? 誠実にそれに向き合っているからこそ、この美に内在する幸福感を味合わせたくなると思いませんか? 「見えるものを

 見える化すること

 美しいから

 見える化する」  のです。 これが、情ってものなのか? 今は、「情のある交換」という難問が新たなテーマの一つになっている。

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